OPEN FIELD 2026
建築家やアーティストとオカムラのデザイナーが協働し、空間デザインの新たな可能性を探るプロジェクト「OPEN FIELD」。4回目を迎える2026年は、建築家ユニット・MOUNT FUJI ARCHITECTS STUDIOの原田 真宏さん、原田 麻魚さんと、美術家・野老(ところ) 朝雄さんによるコラボレーションが実現します。3人をつなぐキーワードは「幾何学」。異なる領域で活動しながらも、世界の奥にある原理や秩序を探り続けてきた彼らの対話から、やがて「鏡」を介して虚と実、2Dと3Dの境界を揺さぶる空間が立ち上がろうとしています。今回の出会いはどのように生まれ、それぞれの思考はどこで響き合ったのか。そして、まだ見たことのない空間を通して、私たちの感覚にどんな変化をもたらそうとしているのでしょうか。制作が進む現場で、3人に話を聞きました。
OPEN FIELDについては、こちらの記事を参照
「いつか一緒に」が実現。3人をつないだOPEN FIELD
―― OPEN FIELDでは、建築史家・建築批評家の五十嵐 太郎さんがキュレーターとして、毎年の企画に参加する建築家やアーティストの方々を選ばれています。五十嵐さんからOPEN FIELDへの参加を打診されたとき、最初にどんなことを感じましたか?私たちはこれまで、建築に対してかなりまっすぐに取り組んできたと思っています。展示やインスタレーションが得意です、と積極的にアピールしてきたわけではありません。でも、建築を通してまだ見たことのないものをつくったり、他の人が思いつかないような空間のつながりを考えたりすることは、ずっとやってきたつもり。だから五十嵐さんから声をかけていただいたときは、「私たちを選んでくれたんだ」という驚きと同時に「ありがとう」という気持ちがありました。アーティストと一緒に何かできることも、自分たちの可能性を開くきっかけになると思いましたね。
大きな企業では特に、自社の枠組みの中だけで物事を完結させがちになってしまうところがある。でも今は、外から刺激を受けたり、街や社会とつながったりすることを求める企業が増えていますよね。OPEN FIELDも、オカムラなりの方法で外の世界と接続し、何か新しいことを起こそうとしている場なのかな、と感じました。
※1:建築家・美術家、ロンドン AAスクールディプロマユニットマスター(教授)。建築・デザイン実務をはじめ、教育活動、展覧会&インスタレーション活動をグローバルに展開。
※2:オカムラが2003年から2022年まで年1回開催していた「オカムラデザインスペースR」に、江頭さんは2007年に参加
―― 野老さんとMOUNT FUJI ARCHITECTS STUDIOのお二人は、以前から面識はあったのですか?
野老:真宏さんとは、北海道・東川町で行われている家具の国際学生コンペの審査員を、もう5、6年一緒にやっています。ただ、本当に年に一度会って、その日はものすごく真面目にコンペの話しかしない(笑)。だから今回、「ようやくちゃんと話せるな」という感じもありました。
これまでも建築家の方とコラボレーションする機会はありましたが、組み方は毎回まったく違います。今回は、僕でいいんですか?という気持ちもありましたし、MOUNT FUJIのお二人とどういう組み合わせになるのか、とても楽しみでした。ある意味では「不思議なお見合い」みたいな感覚でしたね。
麻魚:私は逆に、野老さんとご一緒すると聞いても、それほど驚かなかったんです。以前、本郷で飲んだ帰りに野老さんと「今度、一緒に仕事しようね」と話して別れたことがあって。そういう言葉は結構な確率でかなうので、来たなと(笑)。
―― 言霊の力かもしれませんね! 本格的なコラボレーションは今回のOPEN FIELDが初ということで、私たちとしても、とても光栄です。
野老:今回お話ししていて改めて思ったんですけど、僕たちには小池 一子さん(※3)という共通のつながりもあるんですよね。小池さんは、当時の西武セゾングループを中心とした文化づくりをはじめ、長年にわたってデザインやアートの世界で多くの人を見出し、支えてきた方です。僕にとっては「ゴッドマザー」と言ってもいいくらいの存在で、小池さんがいなかったら、自分の人生はずいぶん違っていたと思います。まだ何者でもなかった頃から、本当に背中を押してもらいました。
※3:クリエイティブディレクター、コピーライター、武蔵野美術大学名誉教授。数多くの編集、広告、美術展の企画に携わる
麻魚:私たちにとっても、小池さんはすごく大きな存在です。MOUNT FUJIを始めた頃は、六畳一間のような場所で仕事をしていたのですが、それを見かねた小池さんが、ご自身のアートスタジオの2階を「使っていいわよ」と貸してくださったんです。そこが私たちの最初のオフィスになりました。
真宏:小池さんは、すでに世の中で認められている価値を追認するタイプではなく、まだ世の中にないものをやろうとしている人を見つけて、評価してきた人です。野老さんもそうだったでしょうし、僕たちも当時は、社会から見ればある意味で「異物」だったのかもしれない。でも、そういう新しい可能性を拾い上げてくれた。
だから今回、野老さんと僕たちがここで出会ったことも、人のつながりをたどっていくと、どこか必然だったような気がするんです。
登山口は違っても、同じ“てっぺん”を見ている
―― 今回、キュレーターの五十嵐さんはMOUNT FUJIと野老さんに共通するものとして「幾何学」というキーワードを挙げています。皆さん自身は、この共通点をどのように感じていますか?
真宏:僕たちにとっても、そこはすごく響くところがありました。今の建築やアートでは、幾何学や秩序のようなものを、あえて隠したり、壊したりする方向もあると思うんです。でも僕たちは、むしろかなりクラシカルなのかもしれない。「世界の秩序とは何だろう」「宇宙の原理とは何だろう」ということを、僕たちは建築を通して、野老さんはアートやデザインを通して探そうとしている。野老さんの仕事を見ていて、以前からそういうところに共感していました。
麻魚:登山口は違うけれど、たぶん同じてっぺんを見ているんですよね。それぞれやっていることは違っても、その先にあるものをずっと見ようとしている。それは時代が変わってもなくならないような、ある意味ではすごく当たり前のことなのかもしれません。でも、だからこそ飽きないし、そこに向かい続けることへの愛情みたいなものもあるんだと思います。
―― 野老さんから見ると、MOUNT FUJIの建築にはどのような印象を持っていましたか?
野老:僕はもともと建築をやりたかった人間なので、MOUNT FUJIの仕事は気になっていました。たとえば大きな建築になったときに、派手な表現をしているわけではないのに、構造としてものすごく明快に感じさせる力がある。「あれ、今までこれってなかったの?」と思うくらい自然に見える。しかも公共建築になれば、いろいろな人と話をして、条件を調整して、ちゃんと成立させなければいけない。そういうことまで含めて、「ちゃんとやっている人たちなんだな」と思っていました。
ただ、もっと以前に作品を見たときには、少し違う印象もあったんですよ。「暴れん坊みたいだな」って(笑)。
麻魚:暴れん坊(笑)。
野老:そう。2022年に小池 一子さんの展覧会を「アーツ千代田3331(※4)」で開催したときに、あの大きな扉を見たことがあって。「すごいことをする人たちだな」「もしかして暴れん坊なのかな」と(笑)。あの扉のことは今でもよく覚えています。
※4:東京都千代田区にあったアートセンター。2023年3月15日に閉館
―― 一方、MOUNT FUJIのお二人は、野老さんの作品をどのようにご覧になっていましたか?
麻魚:作品を見ていて感じていたのは、やっぱり「純度」ですね。野老さん自身に会うとすごく気さくなんですけど(笑)、作品にはすごく高い純度がある。同じ時代に生きている野老さんが生み出す純粋な形には、建築ではない「寂しさ」や「遠さ」と一緒に、求める所は同じだな、という「共感」や、なんかニヤニヤとずっと見てしまう「よろこび」があります。
真宏:僕たちの建築の前提って、実はすごく複雑なんです。社会にはいろいろな条件や関係があって、それを観察しながら、そこからある抽象的な原理を見つけ出していく。そして最終的にできるものは、できるだけ純粋な形として現れるようにしたいと思っている。
野老さんの作品にも、同じようなものを感じるんですよね。複雑な世界の中から見出された純粋な原理は、社会の中で「旗印」のようなものになったり、人々が向かっていくヴィジョンになったりする力を持つと思うんです。東京2020のエンブレムを見たときにも、それを感じました。世界中の人や力、さまざまなリソースが、一つの形に向かって集まっていく。結晶の純度が高いからこそ、そこに力が集約されるようなイメージです。
そういうところには共感がありますし、同時に憧れもあります。表現する領域は違うけれど、本質的なものや原理そのものを避けずに探している。その意味では、どこか同志のような感覚もあったんだと思います。
鏡の向こうに、もうひとつの空間が立ち上がる
―― お互いの作品に共通する抽象的なアプローチは、今回のOPEN FIELDのキーワードでもある「幾何学」にもつながりますね。実際に、今回の展示はどのように形になっていったのでしょうか。五十嵐さんは、「即興的な演奏のかけあいが進行するかのように、次々と案が繰りだされ、変容しながら、最終形につながるヴィジョンが決まっていった」とおっしゃっていました。麻魚:最初の打ち合わせは、もう「即興ジャズ」みたいな感じだったので、いま思い出そうとしても復元できないところが多いんですけど(笑)。でも、すごく楽しかったですよね。
真宏:五十嵐さんから「この二組には、どうやら幾何学という共通するものがありそうだ」と投げかけられて、それぞれがなんとなくイメージを持ちながら、話して、転がしていった。最初から「これをつくろう」と決めて進めたわけではなくて、やりとりしているうちに、だんだん今の形になっていった感じです。
野老:そう。僕もそこは大事だと思っていて、「建築だから3D、グラフィックだから2D」ということではないんです。僕たちの創作自体が、それぞれ2Dと3Dをかなり自由に行き来しながらできている。
今回はそこに映像のような時間軸も少し加わっていくので、さらに別の次元へはみ出していくような可能性もある。実際にできてみないと、どんな体験になるのか僕たち自身にもまだわからないところがありますが、それも含めて楽しみです。
―― 今年のタイトルには「虚実の鏡」というワードも入っています。鏡はどのような役割を果たすのでしょうか。
真宏:僕が面白いと思ったのは、鏡ってすごく不思議な存在だということなんです。鏡そのものは平面ですよね。でも、こちら側には3次元の世界があって、鏡に映っている向こう側にも3次元の世界があるように見える。
つまり鏡は、「3次元と3次元の狭間にある平面」とも言える。この不思議さが、僕たちと野老さんをつないでくれるものになるんじゃないかと思いました。
―― 鏡によって、実際にはそこにない空間まで見えてくるわけですね。
真宏:鏡のコーナーを覗くと、その向こうにも空間があるように見える。さらに別のコーナーを見ると、そこにもまた空間がある。実際の空間が幾重にも存在しているような、いわば「マルチバース(多元宇宙)」的な世界が生まれるんです。
僕が今回すごくゾクゾクしているのは、そこから「そもそも空間って何なんだろう」というところまで考えられることなんですよね。
建築は「場所」と「空間」をつくります。場所には住所があって、ここにしかないという唯一性がある。一方で、空間というものはもっと抽象的で、知的なものでもあると思うんです。僕の感覚では、空間は思いついた瞬間に、もう存在している。
そうやって考えると、可能性として存在する空間はたくさんあって、その中でたまたまこの次元でフィジカルに成立しているものが、いま僕たちが「現実」と呼んでいる空間なのかもしれない。今回、鏡を使うことで、普段は見えないそうした「空間の本質」のようなものが、少し見えてくるんじゃないかと思っています。
麻魚:普段、私たちは目の前にあるものを当たり前に「これが空間だ」と思っていますよね。そのフレームを、ちょっと外してみるような感じなのかもしれません。
野老:鏡って、実際にあるものを映しているはずなのに、同時に「嘘」をつくこともできるんですよね。今回は映像も入るので、鏡の中で何かが動いたり、実際にあるものと映像の境界がわからなくなったりする可能性もある。
何が本当にあって、何が映っているのか。2Dなのか3Dなのか。そういう境界そのものが少し曖昧になっていくのが面白いと思っています。
―― 完成したものを見るというより、実際にその空間に入って、自分で確かめることが重要になりそうですね。
真宏:そうですね。これはたぶん、来てもらわないとわからない。
麻魚:その場に入って動くことで、「あれ、いま見えているものって何なんだろう?」と感じて、現実だと思っていたものが少しほどけて、別の空間が重なって見えてくる。そんな個人的なイメージとしての空間が現実に共有される体験になればいいなと思っています。
「正しさ」の外へ。創造を“限定解除”する
―― 今回の展示は、普段「これが現実だ」と思っている感覚を少し揺さぶるものになりそうです。オカムラのデザイナーのみなさんとの共創にも、そうした感覚を持ち帰ってほしいという思いはありますか?何かを否定するのではなく、「こんな見方もあるんじゃない?」と、普段の物の見方のフレームを相対化するような、より根源的なレンズでこの場所を見てみる。今回の展示でやろうとしていることと、デザインを考えることは、そこでもつながっている気がします。
真宏:以前、オカムラのデザイナーのみなさんのプレゼンテーションを見る機会があって、すごく上手だと思ったんです。言葉で説明する力も、説得する力も高い。
ただ、僕たちが日常的に使っている論理を丁寧に積み上げれば、必ずいいアウトプットにたどり着くかというと、そうとも限らない。クリエイションには、図像で考えたり、言葉では説明できないところを飛び越えたりする回路もあると思うんです。
野老:子どもの頃って、そういうことを普通にやっていますよね。怒られるとわかっているのに何かをつくったり、壊したり、片付けなかったり(笑)。
真宏:そういう回路は、もともとみんな持っていたはずなんですよね。大人になるにつれて、効率や正しさから考え始めたり、説明できることを優先したりするうちに、自分たちで使える道具を減らしてしまっているのかもしれない。
―― 言葉や論理とは違うところから生まれるアイデアですね。
麻魚:ちょっと変なこと話していいですか…… 今日、この取材の前に鳥取砂丘へ行っていたんですけど、サンダルに砂丘の砂が入ったままなんです。それで、渋谷に立ったとき、「自分・オン・ザ・鳥取・オン・ザ・渋谷」みたいな感覚になったんですよ。そこから「鳥取の砂を入れたインソールがあったら、鳥取県出身で他の所で暮らす人にも訴求できるんじゃ?」とか、どんどん考えが飛んでいく。
でも、こういう発想って、「まず課題を設定して、次に情報を整理して……」という順番では生まれないんですよね。自分が実際に行ったことや、身体で感じたことから、突然何かがつながる。そのステップを全部、人に説明したり教えたりするのは難しいと思います。
真宏:論理や言語を否定したいわけではないんです。それでしか行けない場所もありますから。
でも、それ以外にも、形象やシンボルで考える道があるし、麻魚が話したようにフィジカルな体験から考える道もある。それらは全部、僕たちクリエイターが持っている道具なんです。だから「この考え方だけでやらなければいけない」と、自分で自分を縛らなくてもいいんじゃないかと思います。
野老:僕は、大学で教える側になってから、その難しさをすごく感じるようになりました。大学で学生と接するようになると、若い頃だったら普通に言っていたようなことでも、「これは言っていいのかな」というフィルターを挟むようになるんですよね。立場を持てば持つほど、自分の考えをどこまで出していいのか気を使うようになる。
OPEN FIELDはオカムラのデザイナーに対する教育という側面もあると理解しています。今回もオカムラという企業の中で若いデザイナーのみなさんと一緒にやるので、最初は「どこまで自分を出していいんだろう」と、僕自身ちょっとドキドキしていました。
でも、何かを壊して新しい正解に置き換えなくてもいいと思うんです。「今ある世界もある。でも、こういう世界もあるよね」と、可能性を重ねていくことはできる。そういうことなら、僕たちにも伝えられるのかなと思っています。
麻魚:「教育する」ということ自体を目的にしてしまうと、少し違う気がしていて。
私たち3人も、ずっと会話していますよね。でも会話そのものが目的なのではなくて、何か一つの像を共有するために話している。さっきの話で言えば、「富士山のてっぺん」がどこにあるのかを、みんなで探しているような感じです。
だから、若いデザイナーのみなさんにも「こうやって考えなさい」と教えるより、私たちが話したり、試したり、迷ったりしながら、少しずつ同じ像を見つけていく。その様子そのものを見て、てっぺんを一緒に感じてもらうことに意味があるのかもしれません。
真宏:野老さんとは本当に「リミッターを解除して」話していますから!
野老:まだ展示も完成していないのに、もう次は何を一緒にやろうかって考えていますからね(笑)。
―― 展示を見る人にとっても、いつもの「正しさ」から少し離れて、自分の感覚を自由にする機会になりそうです。
真宏:今あるものを否定する必要はない。でも、「これだけが世界ではない」と感じられるだけで、人はもう少し自由になれると思うんです。
鏡を覗いたときに、そこにあるはずのない空間が見える。普段なら選ばなかった考え方にも、別の可能性があると気づく。今回の展示が、そうやって一人ひとりの感覚や創造の回路を、少しだけ“限定解除”するような場になったら面白いですね。
今回の展示で鏡が揺さぶるのは、2Dと3D、虚と実の境界だけではありません。私たちが無意識に「これが正しい」「こう見るものだ」と決めている思考のフレームもまた、少しずつほどいていきます。それは、オカムラのデザイナーとの共創について語られた、論理や言葉だけではない創造の回路を開くことにも重なります。何かを否定して別の正解に置き換えるのではなく、「こんな世界もあるかもしれない」と可能性を増やしていく。3人の自由な対話そのものが、すでにそんな“限定解除”の場になっているように感じました。展示空間では、その感覚がどのような形となって立ち上がるのか。本記事公開のタイミングは、まさに会期の真っ最中なので、ぜひ会場にお越しいただき、実際にご覧ください。(編集部)
第4回 OPEN FIELD 企画展
「虚実の鏡、あるいは異空間のOPTICAL CORNERS」
日程:2026年8月28日(金)〜9月12日(土)
時間:10:00〜17:00 ※日曜祝日休館
場所:オカムラガーデンコートショールーム(千代田区紀尾井町4-1 ニューオータニ・ガーデンコート3F)
Profile
株式会社マウントフジアーキテクツスタジオ一級建築士事務所 主宰。1973年静岡県生まれ。1997年芝浦工業大学大学院建設工学専攻修了。隈研吾建築都市設計事務所、文化庁芸術家海外派遣研修員制度を受け、ホセ・アントニオ&エリアス・トーレス・アーキテクツ(バルセロナ)、磯崎新アトリエを経て、2004年原田 麻魚と共に「MOUNT FUJI ARCHITECTS STUDIO」設立。2016年より芝浦工業大学建築学部建築学科教授。
株式会社マウントフジアーキテクツスタジオ一級建築士事務所 代表取締役。1976年神奈川県生まれ。1998〜99年象設計集団、1999年芝浦工業大学建築学科卒業。建築都市ワークショップ所属を経て、2004年原田 真宏と共に「MOUNT FUJI ARCHITECTS STUDIO」設立。東北大学、東京大学、東京理科大学、早稲田大学、名古屋工業大学で非常勤講師。
1969年東京生まれ。幼少時より建築を学び、江頭 慎に師事。2001年9月11日より「繋げる事」をテーマに紋様の制作を始め、美術・建築・デザインなど、分野の境界を跨ぐ活動を続ける。単純な幾何学原理に基づいて定規やコンパスで再現可能な紋と紋様の制作や、同様の原理を応用した立体物の設計/制作も行っている。主な作品に、東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会エンブレム、大名古屋ビルヂング下層部ガラスパターン、TOKOLO PATTERN MAGNETなどがある。現在、東京大学工学部・教養学部非常勤講師、國立臺灣師範大學(台湾台北)客座教授、上海美術学院(中国上海)客座教授、早稲田大学芸術学校非常勤講師。