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建築家と構造エンジニアがつくりだす 「オフセットされた世界」とは?

2025.08.29

OPEN FIELD 2025

2025年で3回目を迎える建築家やアーティストとの共創によるプロジェクト「OPEN FIELD」。前回の記事では、OPEN FIELDのはじまりとその思想について、キュレーターの五十嵐 太郎さんとプロジェクトリーダーの後藤 敏和さんに話を伺いました。今回は、実際の展示制作に携わる建築家・構造エンジニアの3人にフォーカスします。
第3回OPEN FIELD企画展では、建築家ユニット・MARU。architecture(以下、MARU)の高野 洋平さん・森田 祥子さんを中心に、これまでにないコラボレーションが進行中です。MARUの2人の呼びかけにより、構造エンジニア・金田 充弘さんがプロジェクトに参加。構造を「支える技術」ではなく「空間に作用する現象」として捉え直すという試みにも挑戦しているそうです。“完成”を目的としない、設計と実験の往復。その先に現れる“ずらされた風景”とは? 今回は、三者の思考と対話が交差する創作の現場を訪ねました。
2025年7月取材

前回の記事はこちら

“つくろう”の精神が重なり合うチームが手がける、第3回OPEN FIELD企画展

――OPEN FIELD参加のきっかけや、3人としてのチームの始まりなどについて教えてください。
建築家ユニット・MARU。architecture 高野 洋平さん
建築家ユニット・MARU。architecture 高野 洋平さん
高野 洋平(以下、高野):今回、キュレーターの五十嵐さんが「自分たちらしいチームで取り組んでいいですよ」とおっしゃっていたことを、よく覚えています。それを聞いて、すぐに思い浮かんだのが金田さんです。これまでにも創業150年の歴史をもつ東京谷中の生花店「花重」リノベーションなどのプロジェクトでご一緒してきて、僕たちの仕事の仕方をよく理解してくださっている。いわゆる“意匠と構造”という分担を超えて、ひとつのものを一緒に試行錯誤しながらつくる関係がすでにあったので、今回も自然と「じゃあ金田さんに声をかけよう」となりました。
建築家ユニット・MARU。architecture 森田 祥子さん
建築家ユニット・MARU。architecture 森田 祥子さん
森田 祥子(以下、森田):OPEN FIELDの展示は以前から拝見していて、まさか自分たちが関わることになるとは思っていなかったのですが、「花重」での経験があったからこそ、今回のテーマとも重なる部分があると感じました。あのときも、保存するというより「変化し続ける建築」というスタンスで設計に向き合っていて、金田さんと一緒に、木造と鉄骨をつなぐような新しいフレームを考えていったんです。今回の展示でも、そのような「関係性のデザイン」ができたら面白いなと思っています。

――金田さんは、MARUのお二人からのラブコールを受けてという形ですが、いかがですか?
構造エンジニア・東京芸術大学美術学部教授 金田 充弘さん
構造エンジニア・東京芸術大学美術学部教授 金田 充弘さん
金田 充弘(以下、金田):お二人はそう言いますが、最初にお話を聞いたときは、「あれ、自分でいいのかな?」って思いましたね(笑)。OPEN FIELDはこれまで建築家とアーティストの組み合わせだったと聞いていたので、僕のような構造の人間が表に立つのはちょっと異色かなと。でも、MARUの2人となら、いつもどおり自然体で進めていけそうだなと感じました。
僕の中で大事にしているのは、「つくる」ではなく「つくろう」、あるいは「繕う」という感覚です。完成させて終わるのではなく、関係性を保ちながら、必要に応じて手を加え、変化しながら続いていけるような構造を考えること。建築も人の関係も、継ぎ目やゆらぎを抱えながら続いていくものだと思っているので、今回もそうしたプロセスに寄り添えるなら、自分にできることは何でもやってみたいと思っています。
 

花重プロジェクトに見る“関係性のデザイン”

建築家ユニット・MARU。architectureと構造エンジニアの金田 充弘さんは、これまでもさまざまなプロジェクトで協働してきました。その代表例のひとつが、東京・谷中にある歴史的な花店「花重」のリノベーションです。
「花重」は、江戸〜昭和初期にかけて建てられた複数の棟が連なる、築百年を超える建築群です。MARUの2人は、こうした建物を単に復元するのではなく、“変化しながら使い続ける保存”という考え方で設計を進めたといいます。その中で金田さんが構造設計として加わり、共につくるプロセスが始まりました。象徴的なのが、敷地内に新たに設けられた「令和のフレーム」です。60角の鉄骨を使い、すべての継手を“乾式(かんしき)”によって構成。溶接を用いないこの手法を採用することで、将来的に分解や再構築が可能な設計となっています。
金田さんは、「構造を完成させるのではなく、あとから手を加えられるようにしておくことが大切」と話します。この姿勢は、MARUが大切にする「関係性を開く」建築のあり方とも重なっています。時間の流れとともに更新されていくことで、次の世代にも受け継がれていく空間が、そこにはありました。

 

「見る」体験を揺さぶるショールームに仕掛けた“ずらし”

――今回の展示では、ショールームという既存空間を活かした設計になるそうですね。

森田:そうなんです。ですから、あえて「全部をつくり変える」のではなく、空間がもともと持っている日常性は活かしたいと考えました。そのうえで、そこに「見る」ことを揺さぶるような体験が加えられないかと。最初はけっこういろいろアイデアがあって、床に音が鳴る素材を敷いてみるとか、触ると反応があるような展示とか。でも最終的にたどりついたのが、“ぼやかす”というアプローチでした。

高野:活用しているのが、メッシュ素材です。それを何層にも重ねて空間に立てていくことで、視界に“ずれ”が起こってくる。見えているけど、はっきりとは見えない。日常の景色のはずなのに、何かがおかしいという違和感。それを通して、普段スルーしている風景を、もう一度見直すような体験になればと考えています。
 
試作のための模型にあわせて用意されたメッシュ
試作のための模型にあわせて用意されたメッシュ
――メッシュという素材を選んだのには、何か決め手があったのでしょうか。

金田:メッシュって、一見単純な構造に見えて、光の当たり方や重なりによって見え方が大きく変わるんです。手前の層に光が当たっていると、奥のものが急に見えにくくなる。逆に光が奥に入ると、手前を抜けて向こうが見える。つまり、見る側の「意識の焦点」によって、見えるものが変わるんですね。

森田:その「認知のずれ」って、3Dデジタルによる検証では再現できないんですよね。レンダリング(データ処理による画像化)で視覚的に確認するだけでは限界がある。だから今回は、実際に素材を何種類も取り寄せて、会場で一つひとつ試してみるという、かなりアナログな検証をしています(笑)。

――実物を試して、見え方が想像と違ったということもありましたか?

高野:ありました。例えば、メッシュを重ねればどんどん見えなくなるのかというと、意外とそうでもないんです。照明の当たり方や見る位置によって、見えたり見えなかったりが全然違う。だからこそ、照明や素材の「条件をずらす」ことがそのまま展示の意味になると感じています。
 
 「構造設計は耐震性や強度と思われがちだが、『どういう時間を生み出すか』の設計でもある」(金田さん)
 「構造設計は耐震性や強度と思われがちだが、『どういう時間を生み出すか』の設計でもある」(金田さん)
金田:展示全体を通して、空間に「解像度を下げる」フィルターをかけてみたいという話をしていて。あえて見えにくくすることで、逆に注意深く見るようになる。その変化が起きたとき、空間が「何かを見せる装置」として機能しはじめる。そういう体験がつくれたらいいなと思っています。
僕は「構造を見せたい」と思っているわけではなくて、構造が空間の「語り手」になるようなあり方が理想だと思っています。今回は、その意味で構造と光と認知の関係がすごく面白い。最終的にそれがどんなふうに立ち上がるのか、僕たち自身にもまだわからないというのが、すごく面白いところです。
 

共創のポイントは、試行錯誤する時間の共有

――オカムラのデザイナーや学生のみなさんとの共創もOPEN FIELDの大きな特徴ですが、現時点でどのような印象をもたれていますか?

森田:これまでのOPEN FIELDでも、オカムラ社内の「デザイン部会(※)」の方々が関わってきたと聞いていたんですが、今回はそれ以上に「同じ空間を一緒につくる」という感覚で進めています。展示空間の一角では、オカムラのデザイナーの方々が考案したガラス面の演出や、雲のようなベンチも共存する予定です。

※:オカムラ オフィス環境事業のデザイン関連部門の若手従業員からなるプロジェクト推進チーム

高野:当初、デザイン部会の皆さんは私たちが提案する展示に対してコメントしてくれるような立場だったんです。でも途中から「せっかく参加してもらっているのだから、一緒につくっちゃいましょう」となって。いまでは、むしろ「共犯者」のような感じで、アイデアを出したり、素材を試したりしながら、日々展示と関わってくれています。
 
当初は床に敷き詰めた素材で足の感触を変えることも検討。実際にさまざまな素材を試した
当初は床に敷き詰めた素材で足の感触を変えることも検討。実際にさまざまな素材を試した
――現場で一緒に手を動かしながら進めているんですね。

金田:そうなんです。でもこれって、実はけっこう「怖いこと」でもあるんですよね(笑)。今はどこまでいっても完成形が見えてこない、いわば“低空飛行”のような期間がずっと続いている。でも、その「どこに着地するかわからない感覚」を、みんなで共有できるのが面白い。

森田:たしかに、このままで大丈夫かな? というヒリヒリ感はずっとあります(笑)。でも逆に言えば、それがあるからこそ、最後に立ち上がったときの驚きや納得感が生まれる気がします。
 
「学生時代に経験した『立つと違和感がある空間』を意識的につくっている」(森田さん)
「学生時代に経験した『立つと違和感がある空間』を意識的につくっている」(森田さん)
高野:建築でもそうですが、最初から「これで完璧」という案に走ってしまうと、どこか面白みに欠けてしまうんです。だからこの“低空飛行”の期間をちゃんと経験すること、それ自体がすごく貴重なことなんじゃないかなと思っています。

金田:僕らとしては、社内のデザイナーや学生のみなさんにも、「ああ、こういうふうに形になっていくんだ」とか、「こんなふうに迷いながら進めているんだ」という過程まで見てもらえたらいいなと思っています。それが、デザインという行為のリアルでもありますから。
 

オフセットされた世界 ――認知を揺さぶる体験が、日常を変える

――今回の展示を通して、来場者にどのような体験を届けたいと考えていますか?
 
「建築の教科書に載っていないことを現場で経験できる場が、OPEN FIELD」(高野さん)
「建築の教科書に載っていないことを現場で経験できる場が、OPEN FIELD」(高野さん)
森田:「これを見せたい」という展示ではなく、「見ているとはどういうことか?」を問いかけたいという感覚が強いです。人って、普段からいろんな情報を受け取っているようで、実は見えている“気になっている”だけのことも多い。そこに揺さぶりをかけるような、ちょっとした違和感や発見を仕込んでいきたいと思っています。

高野:僕らが目指しているのは、展示そのものよりも、見た人の“視点”が変わることなんです。たとえばこの空間を体験したあとで、普段のオフィスや街の風景が、ちょっとだけ違って見えるようになる。そういうふうに、認知のフィルターが一瞬ずれることで、その人の日常にも何かしらの変化が生まれたらいいなと思っています。

金田:僕はよく「構造を設計するというより、現象を設計している」と言うんですが、まさに今回はそういう展示ですね。光と素材、距離と焦点、見る側の意識の向き方によって、見え方がガラっと変わる。これはもう、どれだけ技術が進んでもシミュレーションしきれない、人間の「認知」の話なんです。

森田:だからこそ、実際に足を運んでもらうことがすごく大事だと感じています。メッシュを通して空間を歩く中で、「見えないはずのものが、見えてきた」とか、「見えていると思っていたものが、急に不確かになる」みたいな、小さな発見があるはず。それがそのまま、「見るとは何か?」という体験につながると思っています。今回の展示が、誰かにとっての「記憶に残るフィルター」になればうれしいですね。
 
「何年後かに『あの展示、なんか不思議だったな』と思い出してもらえたら」(森田さん)
「何年後かに『あの展示、なんか不思議だったな』と思い出してもらえたら」(森田さん)

編集後記
「完成」を急がず、不確かさごと楽しむように進んでいく3人の対話を通じて、創作という営みの本質に触れた気がしました。“低空飛行”と呼ぶそのプロセスには、たしかに不安があるのかもしれません。しかし、それすら楽しみながら、まだ見ぬ空間デザインを模索していく。そんな姿勢には、しなやかさと同時に、芯のある強さが宿っていました。
取材時はまだ開催まで時間もあり、決まっていない部分も多かったのですが、本記事が公開されるころには企画展も間近に迫っています。インタビューで語られた“想い”が、どのような形で私たちの前にどのように姿をあらわすのか―― 第3回 OPEN FEILD 企画展、ぜひ多くの方に足を運んでもらいと思います。(編集部)


第3回 OPEN FEILD 企画展
Blurring Structure — オフセットされた世界

日程:2025年9月12日(金)〜27日(土)

時間:10:00〜17:00 ※日曜祝日休館

場所:オカムラガーデンコートショールーム(千代田区紀尾井町4-1 ニューオータニ・ガーデンコート3F)


Profile

高野 洋平
MARU。architecture / 建築家
1979年、愛知県生まれ。2003年、千葉大学大学院修了。2003〜13年、佐藤総合計画勤務を経て、2013年より森田祥子とMARU。architecture共同主宰。2016年、千葉大学大学院工学研究科博士後期課程修了(工学博士)。2013年より伊東建築塾に関わる。現在、千葉大学大学院工学研究院准教授、高知工科大学客員教授、京都大学非常勤講師
森田 祥子
MARU。architecture / 建築家
1982年、茨城県生まれ。2008年、早稲田大学大学院修了。2010〜13年、NASCA勤務を経て、2010年、MARU。architecture設立、2013年より高野洋平と共同主宰。2011〜14年、東京大学大学院特任研究員。現在、早稲田大学非常勤講師、日本大学大学院非常勤講師。
金田 充弘
構造エンジニア
1970年、東京生まれ。1994年カリフォルニア大学バークレー校環境デザイン学部建築学科卒業。1996年同大学大学院土木環境工学科修士課程修了。1996年オーヴ・アラップ・アンド・パートナーズ入社。1997~99年、2005~10年、同社ロンドン事務所勤務。2007年より東京藝術大学美術学部建築科准教授。2021年より同教授。2024年よりArup Fellow。2002年 第12回松井源吾賞受賞。

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