武蔵野美術大学の丸山 幸伸教授とオカムラの座談会の後編をお届けします。前編では丸山教授が専門とする「サービスデザイン」の考え方に基づき、オカムラの考え方や姿勢、製品に求められる本質的な価値を語り合いました。後編では、「公共」をキーワードに、オカムラが手がける公共施設向け家具、空間デザインのあり方、社会貢献の視点から、この先のイノベーションまで、丸山教授を交えて意見交換を行いました。
Profile
丸山 幸伸(まるやま・ゆきのぶ)
武蔵野美術大学 造形構想学部
クリエイティブイノベーション学科 教授
酒井 裕二(さかい・ゆうじ)
オカムラ ライフサイエンス事業部
パブリック推進部
パブリック設計センター 所長
中島 千尋(なかじま・ちひろ)
オカムラ オフィス環境事業本部
マーケティング本部 ライフサイエンス製品部
パブリックグループ
中塚 力(なかつか・りき)
オカムラ 働き方コンサルティング事業部
ワークデザイン研究所 リサーチセンター
公共は個人の延長。人が活きる公共空間をどう考えるべきか
――オカムラは公共の施設も手掛けています。どのような取り組みを展開しているのでしょうか。
酒井 裕二(以下、酒井):オカムラはオフィスだけでなく、学校、図書館、病院、研究室、スーパーマーケット、物流など、幅広い領域で製品や空間デザインを提供しています。
その中でも、公共の空間におけるオカムラの提供価値に関して、分かりやすい例としては大学での取り組みがあります。近年、国立大学では、キャンパスを「国家的な資産」であり地域の貴重な「公共財」であるという考え方のもと「イノベーション・コモンズ(共創拠点)」と捉え、キャンパス全体で産学官連携や地域連携、社会課題への対応など、さまざまなステークホルダーが交流・対話する場にしていこうという動きがあります。
イノベーション・コモンズの実現にあたり、キャンパスにおけるハード面の工夫も求められています。例えば、文系学部と理系学部の垣根を超えて、オープンでフレキシブルにつながれる空間や、オフラインとオンラインでインタラクティブに学べる空間をつくるなどの取り組みです。オカムラは空間デザインやそこで使われる家具などを通じて、大学の変革をサポートしています。
オカムラは「人が活きる社会の実現」を企業としてのパーパスに掲げていますが、こういったことはパーパス実現に向けた取り組みの一つと言えるのではないでしょうか。
――公共の空間におけるデザインは多くの人に影響を与えますし、ひいては社会全体の変革にも波及していくことを考えると、責任を伴う取り組みですよね。ここで、あらためて“公共”とは何かを整理してみたいのですが、丸山教授はどのように捉えていらっしゃいますか?
丸山 幸伸(以下、丸山):日常生活の中で、皆さんが公共とは何かについて、その定義や実体について深く考える機会はないかと思います。日本で「公共」と言えば、ビジネスの文脈では、主に自治体や公共空間のオーナー、あるいは街づくりに関わる不動産デベロッパーが実施する事業や、病院などの施設を指すことが多いです。ただ、ほとんどの人にとっては「ぼんやり」とした単語ですよね。
私が考える公共は「自分の延長」です。「私」が「私たち」になる、「誰か」のことではなく、自分そのものであり、それは特定の組織や施設を指すものではありません。個人の社会的な貢献や参加をなどの活動や能力が及ぼす範囲も含む意味するのではないでしょうか。
この視点から見れば、オカムラのパーパス「人が活きる社会の実現」を目指すことは、個人が公共へ積極的に参加し、社会の仕組みに貢献しやすい状態をつくっているとも読み替えることができます。つまり、すべての人が関わりたくなるような、より良いコミュニティを形成することを目指そうよ、とメッセージを発しているように、私には感じられます。
――確かに、公共の空間は私的空間、つまりプライベートとは異なるものとして理解されがちな気がします。丸山教授がおっしゃっているのは、そうではなく、個人(自分)も公共の空間の一部であるということですよね。
丸山:そのとおりです。オカムラの製品で言えば、作業台やラック作業台をラインナップした「CROSCO(クロスコ)」を学校という公共施設に配置する場合、「公共財」という存在になります。ただ、CROSCOはシンプルで可変性に富んでいることから、公共財をどう使いこなすか、個人(自分)が考える余白があります。
また、モバイルバッテリー「OC」も、余白を感じさせるデザインであり、公共財として使う場合に、個人の使いこなしを予感させてくれるプロダクトだと思います。こうした公共財の存在が、公的なものに個人が参加する一助となり、個人の延長線上にある公共の空間をつくりあげる第一歩になります。公共財は人が集まる「ヤドリギ」のようなものなので、什器であり、設備であり、人の場合もあり得ると思います。
オカムラが描く、多様性を受け入れる公共空間
――オカムラは、公共財や公共施設をつくる立場ですが、製品やサービスの開発にあたり、どのようなことを意識されていますか。
中島 千尋(以下、中島):オフィス向け製品から公共施設、とくに学校向けの製品の企画・開発担当に移ってから実感しているのは、公共施設は非常に多様なユーザーに利用されるということです。
もちろん今は、時代の変化とともに、オフィスも障がいのある方や高齢の方、妊娠中の方など多様なユーザーが働きやすい環境が求められるようになっていますが、公共施設はかねてよりそうした環境を追求してきました。このような視点をオフィスにも今まで以上に取り入れ、より多様な人々が快適に過ごせる環境を考えていく必要があると思います。これからは公共の空間で培った多様なニーズへの対応が、オフィス空間の提案にもより反映される流れになると考えています。
――オフィスを私的空間に近い場所だと認識している人が多いかもしれませんが、丸山教授のお話をふまえると、オフィスも公共の空間とも考えられるので、多様な人や価値観を尊重した製品や空間づくりが今後ますます求められそうですね。オカムラは、公共財を数多く手掛けていますが、多様性に配慮した製品を生み出せる理由は何だと思われますか?
中塚 力(以下、中塚):オカムラには数か所の生産事業所があり、それぞれの拠点に独自の強みがあります。家具のプロトタイプ制作では、比較的短期間で何度も試作検証しながら完成度を高めていきます。このような体制は社会が求める製品を迅速に提供できる理由の一つだと思います。
中島:例えば、新製品としてソファを出すにあたっては製品の企画・開発や設計に関わるメンバーが座りやすさやデザイン面から考えるだけではなく、そのソファがどんな空間にどのように馴染み、使われるのかを、空間デザインや営業の部門と一緒に検討する必要があります。
私が入社した10年前は、製品の企画・開発部門の中でもイスの担当、デスクの担当と製品群でチームが分かれていましたが今では部門内、そして部門ごとの壁も薄くなり、全体を考慮するようになりました。製品の企画・開発の過程では、もちろんユーザー視点なども取り入れています。このような総合的なアプローチを取り入れ、細部にまでこだわり抜くことは強みだと思います。
イノベーションを生むのは時代のニーズとユーザーの課題
――ここまで、公共の空間とは何か、また公共財の価値についてお伺いしてきました。最後に、この先どのようなイノベーションを目指しているのか、皆さんのお考えをお聞かせください。
中塚:社会の変化に合わせて、製品や空間のデザインを適応させることが重要であり、その先にイノベーションがあると思います。例えば、従来の収納製品は書類をいかに効率よく、安全にしまうかが重視されていましたが、紙の書類が多いことが前提の社会だったからこその要望です。でも、今は多様な働き方の浸透を背景に、収納にカバンやパソコンをしまう場所を設けたり、空間の広がりを重視して扉のない飾り棚を要望されたりするケースも増えました。使う状況に合わせて、時代ごとに求められる製品や空間を提案していくことこそ、オカムラのパーパスである「人が活きる社会の実現」だと言えるのではないでしょうか。
私はワークデザイン研究所に異動して間もないですが、科学的事実に基づいたエビデンスを積み重ねる重要性を実感しています。人々がより過ごしやすく、働きやすくなるためには何が必要かを少しずつでも明らかにして、社内外に発信していきたいです。
中島:イノベーションは個人だけではなく、さまざまな人や組織との連携によって生み出されると思います。オカムラは、家具や空間によって人がどのようにつながるのか、人々の行動を促すことでイノベーションを起こすかを常に考えています。家具の開発は、人々の行動や空間を踏まえて進化するので、多様な人や組織との連携がとても大事だと思います。
個人的には、オフィス製品の企画・開発の経験が公共施設向けの製品でも役立っていますし、逆に公共施設向けの製品に関する気づきをオフィス製品にも還元できるのではないかと感じています。相乗効果を多く生み出せるように、いろいろな提案をしていきたいです。
酒井:イノベーションは既存の状態に満足している状況からは生まれにくく、異なる分野や業界、技術や思想が接触する境界(エッジ)で起こることが多いと思います。特に、大きな社会的変革期にはイノベーションが起こりやすいです。例えば、コロナ禍では、学校でのオンライン授業の浸透などイノベーションが加速しました。また、最近は海外からの観光客増加に伴って例えば空港など、さまざまな分野でご相談を受けるようになりました。新しい課題に向き合い、今困難な状況にあるお客様やその先の利用者に寄り添うことは、オカムラができる社会貢献と言えると思いますし、新しい価値の創出にもなっていくのでは。
丸山:真のイノベーションは、お客様が本当に求めているものを理解し、それを超えた提案ができる人によって生み出されます。そのためにも、エンドユーザーのニーズを深く理解することが必要なので、オカムラのフィールドワーカーたちに期待したいです。
例えば、最近はオフィスと学校のインテリアが似てきているように見えます。どちらも創造性を促進する自由度の高いデザインが取り入れられています。しかし、この事業分野でのイノベーション投資が進むと、新しいアイデアやデザインがやがてコモディティ化(一般化)してしまうのではないかというジレンマもあります。オフィスと学校の空間が似てくる現象もこれに近いのではないでしょうか。
――公共の空間デザインがコモディティ化してしまうのを防ぐために、どのようなことを意識すべきでしょうか。
丸山:コモディティ化を超えるためのヒントは現場にしかありません。そのためには表面的なスペックの要求を満たすだけでなく、その背後にある本質的なニーズやエクスペリエンスを理解した上で、提案ができるような深い洞察が必要です。新しいアイデアやデザインを生み出し続けるためにも、オカムラにはイノベーションのフロントランナーとして、現場の知識と未来への洞察をフル活用してほしいです。
座談会後編では、公共の空間と公共財に関する深い洞察と、オカムラが提供する価値への理解が深まりました。オカムラの製品や空間デザインは、物理的な機能を超え、人々の生活を豊かにし、より良い社会づくりに寄与しているという話が印象的でした。公共財としての家具や空間が、どのようにして日々の生活や働き方に新たな価値をもたらすかについての考察は、特に興味深かったです。
オカムラが提供する価値は、家具や空間デザインに留まらず、人々が活き活きと働き、生活できる環境を創造することにあります。私たちが日常的に接する空間が、多くの可能性を秘めているかを再認識する機会となりました。今後もオカムラのイノベーションに期待が高まります。(編集部)