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サービスデザイン視点で考える公共空間とは?武蔵野美大・丸山 幸伸教授×オカムラ 〈前編〉

2024.04.11
株式会社オカムラは、経営理念「オカムラウェイ」のもと、「人が活きる社会の実現」を目指しています。そのオカムラウェイをテーマに、さまざまな角度からオカムラがこの先目指す姿を紹介していくのが、本連載「Okamura Way and Beyond」です。

オカムラ パブリック推進部 パブリック設計センター所長の酒井 裕二と、プロダクトの顧客価値やサービスデザインを研究する武蔵野美術大学の丸山 幸伸教授は学生時代の同級生で、数十年にわたる友人。その縁もあって、オカムラの若手デザイナーが丸山教授のお話を聞くなど、交流の機会を持ってきました。今回は丸山教授とオカムラの中堅世代を含めたメンバーによる「公共」をテーマにした座談会を企画。その模様を前後編でお届けします。前編では、丸山教授による「サービスデザイン」の解説を中心に、そこに通じるオカムラの考え方や姿勢、製品に求められる本質的な価値について語り合います。
2024年2月取材

Profile



丸山 幸伸(まるやま・ゆきのぶ)

武蔵野美術大学 造形構想学部
クリエイティブイノベーション学科 教授

1990年、日立製作所に入社し、プロダクトデザインを担当。2003年、日立ヒューマンインタラクションラボを設立。2006年、サービスデザイン分野を立ち上げ、サービスイノベーションの創生とデザイン方法論の開発に従事。その後、国内外でさまざまな研究と実践に関わる。2018年、日立グローバルライフソリューションズ(株)出向、2020年から同社研究開発グループ主管デザイン長。2023年、武蔵野美術大学に着任。


酒井 裕二(さかい・ゆうじ)

オカムラ ライフサイエンス事業部
パブリック推進部
パブリック設計センター 所長

図書館や病院などの空間設計に長く携わり、製品の企画・開発も経験。現在は文化教育施設全般の空間デザインチームのリーダーを務めている。


中島 千尋(なかじま・ちひろ)

オカムラ オフィス環境事業本部
マーケティング本部 ライフサイエンス製品部
パブリックグループ

2015年入社。オフィス向けのソファやテーブルなどの製品企画・開発を担当。現在は教育施設、なかでも大学向けの製品の企画・開発を主に担当している。


中塚 力(なかつか・りき)

オカムラ 働き方コンサルティング事業部
ワークデザイン研究所 リサーチセンター

2016年入社。オフィス向けのロッカーやシステム収納などの企画・開発を担当。2023年11月より調査・研究部門に異動。働き方や働く場についてのリサーチを行う。

 

時間軸と面で経験価値を設計するサービスデザインの考え方

――まずは、丸山教授にうかがいます。現在、丸山教授はサービスデザインを起点にしたイノベーションを研究されていますが、サービスデザインとは、どのようなものなのか教えていただけますでしょうか。

丸山 幸伸(以下、丸山):サービスデザインには、さまざまな解釈が存在しますが、私は大きく2つの側面を持つ概念だと考えています。
一つ目の側面は「経験経済」の観点です。これは「お客様は製品の機能だけを求めているのではなく、その製品を使う前から使っている間、そして使い終わった後までの一連の体験の流れを含めて価値を感じる」という考え方です。
 

「製品を使っているときだけが、その製品が提供する価値ではない」(丸山教授)
「製品を使っているときだけが、その製品が提供する価値ではない」(丸山教授)

――製品自体の価値を超えた価値に目を向ける、ということでしょうか。

丸山:製品自体を売るだけではなく、お客様が製品を購入前と購入後のサービスもデザインし、トータルの価値をつくる発想に立つことを意味しています。例えば、「製品のこの機能によって時短になる」というのは価値の断片であって、もっと大きな視点で価値を捉えようという考え方ですね。

――なるほど、確かに製品のウェブサイトが充実していたり、購入後のアフターケアがしっかりしていたりすると、価値を感じます。二つ目は何でしょうか。

丸山:二つ目の側面は「サービスドミナントロジック」です。これは、製品を有形か無形か、ものかサービスかのように区別するのではなく、すべてをサービスとして捉える考え方です。例えば、お客様が体験を求めているのであれば、製品に関連する体験も包括的に考える、といったことです。
そもそもお客様が製品に魅力を感じて購入を決断するまでには、製品に関連する知識や、製品を欲しくなった環境など、さまざまな要素が絡み合っています。この絡み合っている要素を理解して、製品とその周辺にある人や物が生み出している価値を再統合していくサービスデザイン活動のもとになる考え方を、サービスドミナントロジックと呼びます。

――お客様は製品の機能だけを求めているわけではないという前提に立った考え方なのかなと感じました。お客様が求めている情報の発信や、購入する現場のデザインなど、ありとあらゆるお客様との接点を設計する必要があるということでしょうか。

丸山:経験経済については、お客様が製品を欲しいと思う前から購入後まで、何を思い、どのような意識の変化が起こっているのか、一連の流れとして捉えることが必要である、という考え方です。
この流れは「カスタマージャーニー」と呼ばれますが、お客様の経験を「旅」だと考えて、時間軸を伴う一連のプロダクトや環境との関係から生まれる体験やサービスを設計することがポイントになります。
サービスドミナントロジックについては、お客様の手元で価値が発生するまでに、いかにネットワークが構築されているか、ということが重要です。そのため、線形の時間軸というよりは、網状の「面」で接点を設計することが重要です。
 
「お客様の経験を旅”として時間軸で見る。一つのサービスデザインのやり方」(丸山教授)
「お客様の経験を旅”として時間軸で見る。一つのサービスデザインのやり方」(丸山教授)

――では、解説いただいたサービスデザインは、私たちの生活や社会にどのように活きているのでしょうか。

丸山:病院の待合室を例に挙げてみましょう。機能をメインに考える場合、病院の待合室は滞留なく、適切な人数で過ごせるような空間にすることが大切だと思います。一方で、コロナ禍前までは、年配の常連患者などの方々による情報交換やコミュニケーションの空間でもありました。つまり、彼らにとって病院の待合室は、患者や医療従事者との交流という経験価値を生む場だったとも言えます。
機能をメインとすると「待つのは大変だから、待つ人を出さないようにしよう」という考え方で、予約制にした上で適切な空間をつくろうという発想になります。かたや経験価値を重視する場合、コミュニケーションが生まれる場であることを踏まえて空間をつくることもできます。
このようにサービスデザインは、「本来、人はものやサービスを使うときの喜びや楽しみといった『経験』も大切にしていた」という原点に立ち戻り、製品を提供する側に別の視点をもたらすきっかけになっています。
 

空間での利用シーンのイメージが経験価値の向上につながる

――丸山教授のお話を受けて、オカムラの製品や空間提案で心掛けている点についてお聞かせいただけますか。

中塚 力(以下、中塚):製品単体のスペックや機能だけではなく、実際に使用しているシーンをイメージして価値を創出することを重視しています。例えば、製品の企画・開発で言えば、私も一部携わったモバイルバッテリー「OC」(以下、OC)は、持ち運びができるといったユーザーにとっての機能性だけではなく、充電時のたたずまいにも配慮されています。単品でというより複数での運用を前提に、一台ではもちろん複数台を並べても整然として見えるように意図してデザインされています。
 

 「オカムラはいろいろな『人が集まる場、人が働く場』に向けたものづくり、空間づくりを展開している」(中塚)
 「オカムラはいろいろな『人が集まる場、人が働く場』に向けたものづくり、空間づくりを展開している」(中塚)


中塚:こうした点は、スペックや機能としては表現できない要素ですが、実際にお客様が使用する際、OCが置かれた空間そのものに魅力を実感いただけると考えています。
 

複数台を並べても整然とした美しさがあるOC
複数台を並べても整然とした美しさがあるOC


中島 千尋:製品を空間に融合させることを重視しているという点は同感です。例えば、2023年に私が開発に携わった「CROSCO(クロスコ)」という製品は、キャスター付の作業台やシェルフをラインナップしており、人が集まる場を自由にカスタマイズできます。
CROSCOは使用シーンの一つとしてものづくりなどの作業を想定しているので、机上面はフラットで、なるべく障害物がないようにと意識してデザインしました。ただ、パソコンを使うときには、電源が必要です。最近はテーブルの机上面に電源を設置するケースが多いのですが、あえて何もつけないデザインにしました。その代わりOCを充電できるシェルフを品揃えしています。必要な時だけOCを利用するので、作業台を広く使えます。空間の使いやすさをトータルで考えた結果、利便性が高まった事例だと思います。
 

「製品開発時は他製品とリンクしなくても、空間を考えると親和性が見えることも」(中島)
「製品開発時は他製品とリンクしなくても、空間を考えると親和性が見えることも」(中島)


――丸山教授は、OCとCROSCOの特徴について、どのように見ていらっしゃいますか。

丸山:酒井さんに紹介されてOCを実際に大学で使っています。OCは机の上のスペースを有効に使えるだけではなく、ユーザーフレンドリーなデザインが魅力ですね。私はテーブルに電源タップが溢れている状態に耐えられないのですが(笑)、テーブルの上をすっきり使えるようになりました。また、電源のタップは一般的に横長ですが、OCは縦長なので、省スペースなのも良いですね。潜在的な不満を解消してくれる製品ではないでしょうか。また、持ち運びできるので、災害時にも使えます。CROSCOも同様で、ダイナミックな学びに合わせた教育のツールとして用途に合わせた「可搬性」と「可変性」に優れている点がポイントではないでしょうか。
 

丸山教授の研究室で使われているOC
丸山教授の研究室で使われているOC

エンドユーザーだけでなく、働く人の満足度まで考える

――オカムラの製品企画開発や空間提案において、活用シーンを意識すること以外で、重視しているポイントはありますか?

酒井 裕二:オカムラでは学校や病院、図書館や博物館などさまざまな公共施設も手掛けていますが、大事にしているのは、先生や職員など「働く人」の使いやすさや満足度を向上させることです。これによって生徒や患者さんといった「利用者」の経験価値も自然と向上すると考えています。
例えば学校の「課題解決型授業」では、学習の進捗に合わせて柔軟に教室のレイアウトを変えられることで、先生は指導がしやすいですし、生徒の理解も深まります。
 

「最近の学びの場にはデジタルツール採用も進み、電源確保やモニター移動など可変性が求められる」(酒井)
「最近の学びの場にはデジタルツール採用も進み、電源確保やモニター移動など可変性が求められる」(酒井)


――利用者だけではなく、働く人の視点に立つことは、サービスデザインを考える上で重要ですよね。

丸山:そうですね。サービス企画時には、エンドユーザーである顧客の体験と、サービスを提供する従業員の体験の両方を描く「カスタマージャーニーマップ」という手法を用いることがあります。サービスに関わる登場人物たちのそれぞれが、プールのレーンを隣り合わせに泳ぐように、プロセスの最初から最後までの流れを図解します。一つはエンドユーザーのレーン、もう一つはサービスを提供する従業員のレーンだとすると、従業員の満足度を上げることで、エンドユーザーの満足度につながるように周到に設計することが大事です。
BtoCの製品だけではなく、BtoBtoCの製品もありますが、いずれも製品の性能の良さ、従業員の使いやすさが組み合わさって顧客に価値を提供することに変わりはありません。従業員が満足する製品であることは、ひいては顧客の価値にもつながると言えるでしょう。
 


座談会後記

サービスデザインの重要性とオカムラの製品開発における顧客体験の価値向上の考え方について、深い議論が交わされた座談会前編。「経験経済」や「サービスドミナントロジック」という概念を通じて、製品単体ではなく、購入前後の経験を設計することの重要性を理解することができました。いま日本は大量生産・大量消費の時代を超え、SDGsの影響も受けながら、ものを大切にする時代に突入しています。その意味でも、「本来、人は経験を大事にしていた」という原点に立ち返る発想は、これからの製品開発において重要な示唆を与えてくれそうです。

今回参加したオカムラのメンバーは、製品の企画開発や空間デザインという立場から、人々が活き活きと働き暮らす場をつくるというテーマに日々向き合っていますが、丸山教授のお話を受けて、ユーザー中心のデザインの大切さを改めて実感できる機会となりました。私たちの周りのものやサービスがどのように設計され、その背後にはどのような思想や目的があるのか、そしてそれが私たちの生活にどのように影響を及ぼすかを深く考えさせられました。後編では、「公共における人が活きる社会の実現」をテーマに、全ての人々が自分らしく生きることができ、個人が能力や特性を最大限に活かしながら社会に貢献できる環境を整備するために、サービスデザインをどう活かせるのか、またオカムラはどのような価値を発揮できるのかについて語り合われた内容をお届けします。(編集部)
 

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