オカムラは、全国で美術館・博物館が急増した1980年代から展示ケースや収蔵庫などを手がけてきました。魅力的な美術館がある場所に多くの人が集まるようになれば、その地域が活性化していきます。今回ご紹介するのは、歴史ある美術館の移転に際し、展示ケースの納品という側面からオカムラが参加したエピソードです。東京・丸の内にある静嘉堂文庫美術館の展示ギャラリー「静嘉堂@丸の内」を訪ね、地域と共にある文化施設の役割にスポットを当てながら、訪れる人の豊かな鑑賞体験に貢献するオカムラの役割や思いを探ります。
ビジネスと文化が共存する街にオープン「静嘉堂@丸の内」
東京駅から徒歩5分、皇居のお堀端という一等地にある「静嘉堂@丸の内」。ここは静嘉堂文庫美術館の展示ギャラリーです。場所は1934年竣工の明治生命館1階。明治生命館は、ルネサンス古典主義様式の最高傑作といわれ、昭和の建築物としては初めて重要文化財に指定されています。入り口にある広場(ホワイエ)は、大理石を多用した重厚な空間で、ガラス天井から明るい光が降り注ぎ、思わず息をのむ荘厳さ。ホワイエを取り囲むように、4つの展示室が3方向に広がり、自由に行き来しながら、ゆっくり作品を楽しめる造りです。
国宝や重要文化財を含む、数多くの和漢古典籍や古美術品を収蔵する静嘉堂文庫美術館。これまでは世田谷区岡本の美術館で収蔵品を展示していましたが、2022年10月、現在の場所に展示ギャラリーを移転。その背景を、静嘉堂文庫美術館・学芸部長の小池富雄さんは、次のように説明します。
「世田谷区岡本は、静かで緑豊かなよい環境ですが、アクセスなど利便性は必ずしもよくありませんでした。そこで、国宝『曜変天目※1』をはじめ、充実したコレクションをもっと多くの人に楽しんでほしいと考え、2020年の三菱創業150周年記念事業の一環として丸の内への移転を決めました」
※1:中国・宋時代、福建省の“建窯”で焼かれた黒釉茶碗の最高峰。現存するのは日本に3椀のみ。静嘉堂文庫美術館所蔵品は、徳川3代将軍家光から乳母の春日局に贈られた。春日局の没後はその実家で、後の淀藩主・稲葉家へ伝来したとされる。
丸の内は、静嘉堂文庫創設者・岩崎彌之助(三菱2代社長)が美術館建設を夢みた場所でした。「単なるオフィス街ではなく文化的エリアにすることが地域や都市の繁栄につながる。そんな発想を、彌之助は100年以上前に抱いていたのです」(小池さん)
見やすさ・使いやすさ向上に挑戦した壁面展示ケース
移転には約3年の月日を費やしたそうです。小池さんは計画の初期段階からオカムラに壁面展示ケースの相談をしていました。オカムラの担当の一人が、ライフサイエンス事業部パブリック推進部の塚越瑠璃です。大学で保存科学を専攻し、文化財の保存や修復の研究を深め、学芸員資格も持つ塚越。オカムラのこともオフィス家具の会社ではなく、展示ケースを扱う会社として知ったといいます。展示設備を提案する立場で文化財の保存に貢献したいとオカムラへ入社。以来、専門知識を活かし、多数の美術館・博物館への納入物件において営業支援業務を担当しています。「今回の移転を私も本当に楽しみにしていました。丸の内はアクセスのよさに加えて、隣の三菱一号館美術館をはじめ、美術館やギャラリーが多く、すでにアート文化が醸成されています。この街へ入ること、しかも重要文化財の建物内という立地にも、大きな意義があります。丸の内の文化レベルが、ぐっと底上げされると思いました」(塚越)
一方、小池さんは移転にあわせてセキュリティ面の強化も重視したと語ります。耐火・耐震も含め、作品を安心安全に守るために、オカムラが担当した壁面展示ケースに対して静嘉堂美術館が求めた役割は大きく2つありました。
「ひとつは、作品をよい状態で守ること。作品は長い年月を経ると、どうしても劣化します。修復作業は手間も費用もかかるので、劣化は最小限にしたい。それには湿度の調整も重要ですし、虫害やカビ対策も欠かせません。そしてもうひとつは活用、つまり見せること。よい保存状態を維持しつつ、鑑賞しやすい環境で楽しんでいただきたいという思いがありました」(小池さん)
展示設備の技術は日進月歩です。照明や展示ケース、さらにその施工次第で、作品の見え方は大きく変わります。「今回オカムラへ依頼した理由は、納入実績事例が豊富で信頼できると判断したためです。鑑賞しやすさはもちろん、耐久性や使いやすさも含めて、新しいアイデアを盛り込んだ展示ケースの提案を期待しました」と、小池さんは話します。
保存技術としては、外部の空気がケース内部に入るのを防ぐ「エアタイト式」を採用し、安定した温湿度環境を実現。展示ケースに求められる基本機能は高性能で網羅した上で、標準仕様にはない新たな機能も多く組み込みました。「オカムラでも初めてのチャレンジの連続でした」と塚越は振り返ります。
「美術館のお客様の鑑賞体験向上のために、何ができるかを重視しました。壁面展示ケースのガラスには、多くの種類を比較検討し、高透過・低反射で映り込みの少ないものを採用。また、『視野調整パネル』を初めて壁面展示ケースに組み込みました。これは作品にあわせて展示ケースのガラスの高さを変えられる、いわば目隠しのようなもの。茶碗のような小さな作品は、視野を絞ることでより見やすく感じられます」(塚越)
「美術館のお客様の鑑賞体験向上のために、何ができるかを重視しました。壁面展示ケースのガラスには、多くの種類を比較検討し、高透過・低反射で映り込みの少ないものを採用。また、『視野調整パネル』を初めて壁面展示ケースに組み込みました。これは作品にあわせて展示ケースのガラスの高さを変えられる、いわば目隠しのようなもの。茶碗のような小さな作品は、視野を絞ることでより見やすく感じられます」(塚越)
美術館で働く人たちの使い勝手向上にも対応しました。「収蔵品には大きな掛軸や屏風も多く、入れ替え作業のしやすさも重要です。壁面展示ケースの開口部には、従来オカムラが展開している『フラットスライドドア※2』という、正面が開いて出し入れできるタイプがあるのですが、これを改良して、より開閉が容易、かつセキュリティが強固な仕組みを特注で実装しました」(塚越)
※2:可動ガラス扉とFIXガラスの重なりがなく、ガラス同士がフラットに納まり、展示物が見やすいのが大きな特長
オカムラが担当したのは壁面展示ケースですが、全体として先端技術を取り入れた空間が実現できたことを小池さんも評価しています。「他の美術館関係者を案内すると、多彩なアイデアの採用に驚かれます。壁面ガラスのすべてが開口する壁面展示ケース施工時のリクエストにも早く対応してくれ、オカムラの経験値の高さを感じました。オカムラをはじめ、照明・ガラスなど各社の技術が集結し、最終的に過去に例がないレベルの展示空間を実現できたと思います」(小池さん)
展示室は天井やカーペットなど内装デザインも落ち着いた色味で統一され、仄暗い照明が壁面展示ケース内の作品を美しく浮かび上がらせています。ガラスには映り込みも少なく、ガラス同士の重なりもありません。近づくと、作品はガラス越しであることを意識させないほどの立体感で迫るよう。来場者が静かに作品に対峙できる空間となっています。
丸の内を文化の面から盛り上げる拠点に
移転にあたり、「静嘉堂@丸の内」というポップな愛称をつけた静嘉堂文庫美術館。小池さんによれば、「せっかく移転するなら、変わりたい!新しさを盛り込みたい!」という新しい時代へ向けた変革の意識が込められているそうです。移転後は、東京駅から近いこともあり新幹線を使って遠方から来る人や、バリアフリー対応であることから車いす利用の人も増えたそうです。かつての来場者は年間4~5万人でしたが、開館記念展は2か月強で約9万人が訪れるほど盛況だったといいます。
「国宝を含む収蔵品を想像以上の人たちが見たいと思っていたこと、そして実際により多くの方に見ていただける環境になったことを実感しました。これからも屈指の東洋美術コレクションを持つ美術館として、海外や若年層の方々にも魅力を発信し、より多くの方が古美術品を楽しみ、人生を豊かにするきっかけの場になれたらと思っています」(小池さん)
オカムラにとっても今後に活きる貴重な経験につながったと塚越は語ります。「初めての試みが多かったうえ、オフィス街、しかも重要文化財への移転ということで、時間帯や音の問題など施工条件はかなり厳しかったです。営業だけでなく設計や施工担当と連携して向き合い、なんとかご要望にお応えできたかと思います。これからもアフターサポートで伴走させていただければと思っています」
美術館は貴重な美術品が一堂に会し、訪れた人の感性を刺激する特別な空間です。「私たちの仕事は、美術館に来る人が、美術品をより鮮やかに受け止められる環境づくりを支えることです。同時に、美術館で働く人たちが貴重な美術品を安全に展示できる環境を整えることも大切。今後も、美術館のみなさまと一緒に考え、サポートしていきたいと思います」(塚越)
静嘉堂文庫美術館とは
三菱第2代社長である岩﨑彌之助が1892年に創設。その子である第4代社長・小彌太によって拡充。父子2代のコレクションは和漢古典籍20万冊と東洋の古美術品約6500点に及び、その中には「曜変天目」をはじめとする国宝7点、重要文化財84点も含まれる。関東大震災翌年の1924年に品川区高輪から世田谷区岡本に移転。1977年から美術品の一般公開をスタート。1992年には美術館が開館。2022年、東京・丸の内の明治生命館に展示ギャラリーを移転。「静嘉堂」の名称は中国の古典『詩経』の大雅、既酔編の「籩豆静嘉(へんとうせいか)」の句から採った彌之助の堂号。祖先の霊前への供物が美しく整うという意味。
https://www.seikado.or.jp/
編集後記
美術館で作品を鑑賞するとき、照明や展示ケースは通常意識しません。取材後に静嘉堂@丸の内の展示に触れて感じたのは、まさに「意識させない工夫」が顕著であること。作品への没入感が極めて高いと感じました。
貴重な文化遺産を次世代へと継承していく静嘉堂文庫美術館。そしてそれを文化教育施設向け事業という面から支えるオカムラ。静嘉堂@丸の内におけるオカムラの仕事は、美術館を訪れる人が鑑賞体験を通じて「活きる」こと、そして丸の内エリアのさらなる活性化への貢献ともいえるのではないでしょうか。(編集部)