株式会社オカムラは、経営理念「オカムラウェイ」のもと、「人が活きる社会の実現」を目指しています。そのオカムラウェイをテーマに、さまざまな角度からオカムラがこの先目指す姿を紹介していくのが、本連載「Okamura Way and Beyond」です。
昨今、社会人のリスキリング(学び直し)が報道やメディアの話題に出ることも珍しくありません。また、学生の仕事に役立つ学びへの投資や、企業のインターンシップへの参加など、今は「学ぶ」と「はたらく」が交わる時代なのかもしれません。こうした時代背景をふまえて、オカムラは大阪大学とともに、7年前から産学共創プロジェクト「オン・キャンパス・インターンシップ」として授業を行っています。
今回は、授業を立ち上げた2人のキーパーソン、高松大学 教授/大阪大学 特任教授・松繁 寿和さんと、オカムラ ワークデザイン研究所 リサーチセンター 所長・花田 愛の対談をお届けします。これからの働き方のために、どんな学びが必要なのか。大阪大学での取り組みをふまえて、語り合ってもらいました。
大阪大学×オカムラ
オン・キャンパス・インターンシップとは?
産学共創プロジェクトとして、2019年度に開講した大阪大学のアクティブ・ラーニング型授業。オカムラが事業によって培った働き方に関する調査・研究などの知見を活かし、カリキュラムを作成。授業は、オカムラ関西支社内の共創空間「Open Innovation Biotope "bee"」で行われます。従業員が講師となり、学生・大学教員、異なる立場での対話を通して授業を深めています。
「学び」と「仕事」が交わる時代、何が変化しているのか?
花田 愛(以下、花田):今日は、大阪大学でオカムラの「オン・キャンパス・インターンシップ」の授業を一緒に担当いただいている松繁先生と、「学び」と「働く」をテーマにいろいろお話できればと思います。先生、よろしくお願いいたします。松繁 寿和(以下、松繁):こちらこそ、よろしくお願いします。
花田:さっそくですが、私はオカムラのワークデザイン研究所で働き方やワークスペースの研究をしていますが、先生は現代の働き方をどんな風に見ていらっしゃいますか。
松繁:そうですね。「人生100年時代」なんて言葉を耳にしますよね。それだけ長い期間、働く可能性が高まっているわけです。それと同時に、産業構造の変化もますます加速しています。そうすると、これまでのような終身雇用の「単線的な働き方」は難しくなる。だから、最近は「リスキリング」、つまり「学び直し」の必要性が高まってきていると見ていますね。
そうした背景からも、大学や教育機関と社会を行き来できるような働き方を、もっと自然にできるようにしていくべきだと思っています。
花田:私もそう思います。社会に出て働きはじめてからこそ、「学ぶことの意味」に気づくことってありますよね。学生時代は、そこが見えていない学生が多いかもしれませんね。一方、社会人には、先生のおっしゃったリスキリングの機会も増えてきていると思います。ただ、勤務している企業の制度によるところはあるかもしれません。
松繁:確かに働く環境によっては難しいでしょうね。もちろん企業側も変わってきているとは思います。企業が変わるのであれば、私たち教育機関の側、教育のあり方も問い直す必要がありますよね。義務教育から続く学校教育の科目は、直接的に社会で役立つものばかりではありません。例えるなら、今の学校教育は、試合をしないでずっと基礎トレーニングをし続けていると言えるかもしれない。働き方が変わってきているからこそ、教育のあり方そのものをアップデートしないと、社会のスピードについていけませんね。
花田:なるほど。7年前に大阪大学でオン・キャンパス・インターンシップが始まったとき、先生のおっしゃっていた「学びの時期に働くことを考える」って、すごく先進的だったと感じました。いまもこのプログラムの根底にある姿勢は一緒ですよね。
花田:先生のお話は、確かにそうだと思います。人口動態も見ながら、世の中の労働人口が減っていく中でどう取り組むべきか、そこは課題です。先生がオン・キャンパス・インターンシップの授業で、「産業サイクルは約20から25年で変わっていく」とお話されるように、それぐらいの期間を働くと、大きく変えずに自分がやってきたことが通用しなくなる危機感は、私自身も感じます。だから、常に学びながら制度や仕組みのあり方を変えていかないと、時代の変化についていけない。その点は授業で学生とも話しています。
一方、7年間、授業をやってきて、参加する学生の意識の変化も感じます。初年度の学生たちは、「ワークライフバランス」をすごく気にしていたのですが、最近はそれが「前提」になってきたようです。先生はどう感じますか。
松繁:そう、変化していますね。当たり前のパターンだと思っていたもの、例えば大学卒業後に就職して、同じ企業で働き続けるイメージ、それがなくなりましたね。そのうえで、最近の学生は未来に対する確信を持てなくなっているようにも見えます。これまで日本社会が提供してきた、「一生懸命働いて、年金で老後を暮らす」といったモデルが信じられないからでしょうね。だからこそ、「どう働きたいか」を考える前に、「何を信じていいのか」が難しくなっているような気がしています。
花田:そうですね。学生がどんな想いで未来を見ているか、この先はもっと丁寧に聞き取っていく必要があるのかもしれません。
オン・キャンパス・インターンシップの授業
授業では、どのようなことが行われているのか、少し紹介します。
テーマは、「働くこと」。「働く空間」や「働くにまつわる問題」、「未来の働く」といったキーワードに基づき動機付け、レクチャー、グループワーク、フィードバックを通じて授業は展開します。最終回は、学生たちによる個人発表「未来の働く」についてのプレゼンテーションです。このプレゼンテーションの形式は自由で、自分なりの表現を工夫してもらっています。歌ったり、楽器を演奏したり、ラテン語で発表したり、学生の個性が豊かに表現され、毎年ユニークな発表が繰り広げられています。
なお、以下の3点が授業での学習目標として設定されています。
自分なりの視点をもって社会を観察できる力を身につける
さまざまな立場の人との対話を通して新しい価値や課題を発見できるようになる
これからのキャリアについて考え自律的な学びの力を体得していく
これら目標からもわかるように、社会ではどのような力が求められているのか、学生の段階で理解し準備することを目的にオン・キャンパス・インターンシップの授業は設計されています。
リアルに集うからこそ生まれる価値
花田:オカムラのワークデザイン研究所では、働き方やワークスペースのあり方の調査・研究において、多くの共同研究をおこなっていますが、大阪大学での授業を通して、松繁先生のように空間提案に直接つながる研究分野ではないアカデミックな立場の方との協働や対話は、とても刺激になります。
松繁:私も同じです。企業と大学の連携はお互いにとって「学び」があります。教育現場では、教える側として学生たちに向けて一方通行になりがち。ティーチングですね。しかし、企業は人財育成の視点から「わからない人を放っておかない」傾向がより強いですよね。花田さんたちを見ていても、とても上手に学生たちをリードしていると思います。教えもしますが、コーチングの要素も強い。私たち教育者にとっても、それは大きな学びですね。
自著『「行きたくなる」オフィス』にも書いたのですが、コロナ禍を経て、「人が集う意味」について改めて考えるようになりました。授業もオンラインだけだと、学生との関係性を深めるのが難しい面も。リアルな場でプレゼンテーションしてもらえると、学生の「人となり」までよくわかる実感はあります。同じ場で同じ時間を共有するからこそ、生まれる感情や体験はありますよね。
松繁:私は、花田さんの著書を読んで、まず「行きたくなるオフィス」というタイトルに感心しました。とても新しい視点ですよね。教育現場では、「行きたくなる教室」ってあまり言わない。大事なことは、「行きたくなる」ことが、主体的な関わりである点。つまり、主体的に関われば生産性にもつながるはずです。
花田:ありがとうございます。先生自身は、空間の重要性をどうお考えですか。
松繫:あまり考えたことがなかったです。経済学者は、「いかにして効率的な労働で生産性を上げるか」を考えますから。だから、花田さんの著書で、「○○したくなる」というのが、とても大事な価値だと気づかされましたね。
では、オフィス空間の価値をどう測定するか、それは福利厚生の金銭換算で可能です。例えば、従業員100人を抱える企業が生産性を上げるための予算として100万円を用意したとします。その使い道を2つ考えてみてください。パターンAは、従業員100人に賃金として振り分ける。1人当たり年収1万円のプラスです。パターンBは、オフィスの環境改善に100万円を使う。働く環境がよくなりみんなが100万円分の恩恵を享受する。AとB、どちらがモチベーション向上に寄与するかといえば、後者の可能性が高い。これは「環境価値評価」や「公共財価値評価」に使う手法です。
花田:なるほど! オカムラでは、「オフィスへの投資」はお客様の経営戦略の一環として考えています。「良いオフィスが良い仕事を生む」という話は、これまでもよくしてきましたが、先生が言うように、それを「価値評価」として捉える発想は新鮮ですね。松繁先生とつながりがあるからこそ、まったく違う分野から思ってもみなかった発見がある。これが本当に楽しいですね。
未来の働き方を支えるために大切な「2つの学び」
松繁:働き方は、今以上に多様化が進むでしょう。学生たちはまだ具体的なビジョンを持っていないかもしれませんが、不安は感じているはずです。現在、繰り返しの単純作業はオートメーション化され、ホワイトカラーの作業もAIが担うようになり、生産性の向上は進んでいるでしょう。しかし、生産性の向上は働くことの最終目的ではないと思います。働く先に目指すのは、やはり「幸せの向上」でしょう。
花田:そうですよね。私自身も、技術革新の中で自分のスキルをどうシフトすればいいか、迷うことがあります。授業のプレゼンにも、学生が働き方のプランや制度よりも「自分の価値観」を軸に考えていることが表れていると思うんです。
松繁:彼らの価値観が、働くことを通じて社会と接する中でどう昇華されていくかが鍵ですね。例えば、アイドルやテーマパークなどのエンターテインメントは、見方によっては生産的ではない。しかし、その消費は楽しさを与えてくれます。そういう幸せを与えるものを見つける能力が重要で、それを発揮しながら成果を上げていくことが自分の価値観と結びつくかどうかですね。
松繁:私が強調したいのは、就職や収入を目的とした「投資としての学び」と、知的好奇心を満たす「消費としての学び」、その両方が必要だということ。
例えば、この先の仕事に直結しそうなプログラミングのスキルを身につけるのは、投資としての学びですね。週数回や短期集中のような学習形式でも習得可能です。一方で、ラテン語や美術史など消費としての学びは、人生を豊かにしてくれる可能性もあります。こうした「純粋な学びを楽しむ」時間こそ、本来の大学の姿に近いかもしれません。
花田:だからこそ、学生時代に本物の学問に触れてほしい。社会に出てからではなかなか得られない深い学びを経験して、その面白さを知ってもらいたい。それが、最終的には主体性にもつながっていくと信じています。では、学生だけでなく、働く人にとってのこれからの学び方はどうあるべきでしょうか。
松繁:冒頭で「入社年次管理」の課題を挙げましたが、それも投資としてのリスキリングがあれば変わってくるかもしれません。ひとつの仮説として、定年後の65歳以上の人財活用が挙げられます。慢性的な人手不足と言われていますが、65歳以上の人は多いのです。以前の価値観なら労働人口にカウントしない層でも、リスキリングによってさまざまな働く場で戦力になる可能性はあると思われます。
花田:なるほど。投資と消費、両方の学びをバランスよく取り入れるのが、未来の働き方には重要ですね。
大阪大学とオカムラで手がけているオン・キャンパス・インターンシップも、投資としての学びに見られがちですが、消費としての学びの価値もあると考えています。私たちは、オカムラが単に製品や空間をつくる会社ではなく、「人が活きる社会の実現」をパーパスにしていることを学生に伝えたい。1回限りの特別講義ではなく、15回の授業を通じてだからこそ、学生が自らに問い、自分の価値観を深めようと変化していくことは、彼らの消費としての学びにつながっていると感じます。また、その時間を共有できることは、私たちにとっても貴重な学びとなっています。松繫先生、お忙しい中、本日はありがとうございました!
松繫:私も話すことで頭が整理されました。こちらこそ、ありがとうございました。
7年目を迎えた大阪大学×オカムラのオン・キャンパス・インターンシップについて
2025年度、授業の進行役は、ワークデザイン統括部の宮野 玖瑠実。宮野自身、大阪大学出身で在学中に、このオン・キャンパス・インターンシップに参加していたそうです。宮野は、オカムラ入社後、ゼネコンや設計事務所への提案営業を経てWORK MILLに参画。共創活動の経験を活かして、自分が学んだ授業を進行することに。
「受講していた当時、大学の教授も企業の社員も学生も、そこにいる全員がフラットな立場で、それぞれの『働く』への価値観を語り合えたことがとても印象に残っています。普通の授業は教授や先生から正解を教わるものだと思っていたので」と、宮野は学生時代のスタンスをふり返ります。
「そんなざっくばらんに対話できる、心理的安全性の高い空気感づくりは、自分がオカムラで企画する立場になったときも大切にしようと意識しました。実際に、今年度の受講生から『この授業で出会う大人たちがみんな楽しそうで、働くのも悪くないなと思えた』という声をもらえたことは、とてもうれしかったですね」(宮野)
学生に対する評価のポイントも、議論への参加や取り組み姿勢など、主体性が求められます。そんな授業について宮野は、次のように語ります。
「コスパやタイパが重視される昨今、学生が授業を選択する理由も例外ではないかもしれません。でも私は、この授業を通じて、今回の松繫先生と花田さんの対談で議論されたような『消費としての学び』の楽しさを伝えていきたいです。ゆくゆくは他の大学からも参加できるようになればいいですね。新たな視点が加わり、授業が、さらに活性化するのではないかと考えています」